設計事務所と施工

序章

私は建築というものに携わって25年になる。最初の15年は中堅ゼネコンで現場監督の仕事に従事し、いろいろな建物を作ってきた。マンション、学校、事務所ビル、図書館、博物館、病院、商業施設、ホテル特殊なところでは、競輪場のスタンド撮影塔、地下鉄の駅舎、ゴミ処理場、高層の建物、中層の建物、地下深い物、比較的幅広く経験をさせてもらった。そのなかでいろいろな設計事務所、設計者と一緒に仕事をする機会を得られたことは、今日自分が設計事務所を営むに当たり貴な経験となっている。そこで私が何故ゼネコンをやめ設計事務所を開いたかお話ししよう。ゼネコン経験も10年を経過すると、現場でも責任者としての仕事に従事する。日々設計者と打ち合わせをして現場を進めていくわけであるが、こういう会話が頻繁に行われるようになった。

設計者「この部分の詳細を書いて下さい。検討しますから。」

施工者「詳細はそちらで書いてもらわないと。」

設計者「設計期間中に検討できなかったので書いて下さい。施主にもいってあるので宜しく。」

施工者は決めてもらはないと工期に間に合わないので渋々書くことになる。ひどい時には平面詳細図そのものを一から書く場合もある。それも大手の設計事務所である。こんなこ

とが続くようになった。そこで疑問がわいてきた。設計っていったい何だ。きちっとうち合わせ、すり合わせがすんで、それを我々が施工するのではないか。今までも施工図は現場で書いていた。コンクリート寸法図、造作加工図、金物図など、これらはあくまでも工作図である。では設計事務所はいったい何をやっているんだ。社内の設計部に時々顔を出して、ちょっと聞いてみた。そうするとこんな答えが返ってきた。「設計図面は見積ができればいい。後の細かいところは現場でやってくれるから、余り細かいところまで書かないんだ。書く時間もないしね。」

ちょっと待ってくれ、設計図は細かいところまで決めて、それを元に作っていくのではないか。例えば機械の設計図、ネジヤマ一つの寸法も決めてなければ、作れないじゃないか。

土木の図面でも鉄筋一本一本の寸法が書かれているではないか。建築の設計図っていったい何を書いているんだ。そういった疑問が沸々とわき起こってきた。私自身建築を目指すきっかけになったのは、「超高層の夜明け」いう映画を見て、これは霞ヶ関ビルの建設のドキュメンタリーだったと記憶しているが、颯爽と設計図を片手に、工事指示をしている人物にあこがれて「俺も超高層ビルを造ってみたい。」いうあんちょこな考えで、建築の道を選んだ。(本当はそんなに深く考えずに)あれは自分の書いた設計図通りに建物ができているかどうか、チェック指示している姿ではなかったか?自分の書いた図面が不十分では、チェックするどころではないではないか?そんな思いでいつか自分が設計するときにはきちっと指示できる物にしようと、考えながら日々の業務に追われていた。

ある時専門工事業者の社長と酒を飲みながらそんな思いを話していると、その社長から、「実は我々も困っているんだ。例えばある部分の施工をしなければならない時に、施工図を下さいと、現場監督にお願いすると、「実はまだできてないんだ、設計事務所がなかなか承認してくれなくて。」「それじゃ間に合わないじゃないですか、催促して下さい。」そうすると、施工図を渡されたのは渡されたが、全くすりあわせができて無く、何か取り付けしようと思ったら、そこに設備の配管があったり、寸法が違っていたりでやり直しや、出戻りが多くなって、困っているんだ。昔はこんなこと無かったんだが困ったもんだ。」と愚痴をこぼしながら、実はそんな思いをしている大手ゼネコンの所長がいるんだが逢ってみるかいといわれたので、自分と同じ思いをしている人と話してみるのもいいと思ったし又違うゼネコンの人と話をするのも興味を持ったので、逢うことにした。休みを利用してその社長と一緒に現場の見学もかねてその所長に逢わしてくれた。その現場は私があこがれていた超高層の建設現場でそこの担当所長であった。その人の話を要約すると、現在その問題は会社として取り組んでいる、施工環境の効率化と、品質のハイレベルでの均一化の中で、設計図のレベルアップは欠かせない課題なので、現在生産設計部いう部署で自社設計の物から、施工現場に直結した設計図を作成することに取り組んでいる。しかし他社設計の物は、いったん生産設計図に書き直さなくてはならないのでその部分に非常に労力が掛かっている。その分野のアウトソーシングを進めているんだが、設計と施工に精通した人が少ないので困っている。それを今育成している最中だ、という話だった。まさに考えていたとおりのことをすでに会社として取り組んでいる、さすがにスパーゼネコンだ。折しもバブル絶頂期、自分も一旗揚げたいと常々考えていたので、この所長の後押しと、逢わしてくれた専門工事会社の社長の支援で、独立したわけである。(本当はもっとドロドロした人間関係のこともあったのだが)ここではかっこよく理想をもって巣立ったことにしておこう。独立した当初その所長のおかげもあって、そのスーパーゼネコンとの取引を手始めに10数社のゼネコンとの取引ができた。しかしやはり思いは、自分で設計して設計図片手に颯爽と現場で指示をしている姿である。バブルもはじけ不況の風がひしひしと感じられるようになりアウトソーシングの流れも変わってきて、もっと単純な物だけにしぼられ、さらにそれすら人余り現象で、内部処理するようになってきた。このままでは夢半ばで終わってしまう。そういう思いでふと雑誌を見ると山中設計のことが載っているではないか、これは何だ?設計事務所が何をいっているんだ。ゼネコンがいなければ建物ななんか建てられる物か。と最初はおかしなことを考える人だなと正直言って思っていた。しかし、一つ二つとこの設計事務所の記事を目にするようになり、これは話を聞いてみる価値はありそうだと、早速米子まで車を走らせ、3時間余り熱っぽく話をしてもらった。そのとき私が思ったことは、これはまさに設計と施工の合体(設計施工を一括して請け負うという意味ではない)ではないか。私は施工の分野から、山中氏は設計の分野から、このままでは建築崩壊がおき、建築に携わる者にとって危機的状況になるのではないか、この思いが一致したわけである。これがオープンシステムとの出会いである。

これからシリーズでお話しすることは、オープンシステムは、設計者が施工の分野に自らを投じて、初めてなしえる考え、手法であることを前提に、設計者の施工に関する遊離した考えを少しでも取り除く参考になれば、又これからオープンシステムに取り組もうとする設計者に取って一つの指針となれば幸いである。

  1. プレゼンテーションと原価管理
  2. 設計図はディティールのかたまり
  3. 品質管理は工事計画から
  4. 契約と積算
  5. 現場は失敗の宝箱